そういや、随分飛行機に乗ってないな、、、。
メニエール病 その11
私の場合
「人間は言語のなかに産み落とされる。
だから人間は、自己の力だけでは固
有の言語を創出することができない。
他者とのコミュニケーションを通じて、
他者としての言葉を習得する事によっ
てはじめて、自己の表現にたどり着く
ことができる。」
(「該当作なし」の芥川賞・安藤礼二
沖縄タイムス 1.25.2010)
私達は、例えばブログを書いている時、
誰に向かって書いているのでしょうか、、、、。
他者に向けて書いているつもりでも、
琴線に触れた文字が、言葉が、自らの感情の覚醒を呼び、
自分個人の「考えという気持ちの発露」を
展開しているだけなのかもしれない。
すると他者とのコミュニケーションは危うい、、、。
「他者としての言葉を習得する」とは何か。
そのいちど客観化された言葉で紡いでいかないと、
同じ言葉であっても通じ合えるどころか、
事実関係さえも届かない、、、。
怪しく、めんどくさい書き方をしてまいました、すみません、、、
という事で、以下本文。
「自分の悩みが世界で一番の悩み」である以上、
まして数値化されていない痛みなど分かち合えるものではない。
委細擦り合わせる事ができたとしても、
その気質の感情というものもあるし、
メニエール病の難しさもそこにあるのかもしれない。
これまで冬場を心配してきたが、去年から夏でも調子が悪く、
自己認識の変更と、
どう理解すれば良いのかますます混迷を深める
メニエール病であるが、変わらず最新の治療ニュースもない。
原因も治療方法も確立されておらず、だから難病であり
「治らない」という事になってはいるがしかし
「心筋梗塞」だって、
つい最近まで死に至るのであったがこうして生還している。
後10年もすれば、
飛行機が飛び、電話でニューヨークがとなりに来るよう、
治るかもしれないのだから、長生きしよう。
近代医学もそれなりに久しいが、
体をバラバラにしたまま、
未だ統合しきれないでいるような気がするから時間はかかる、
それに呪術を身につけるには年を取り過ぎているか、
月が地球から遠ざかり過ぎてままならない気もするし、、、何かしら。
あまり調子がいいとは言えないが、
命を取られるわけではないということだけで
スソーン(?)されている気がするメニエール病であるが、
心筋君も今のところ穏やかに推移しているので
よしとするべきか、、、。
にしても身体感覚は「三主徴(注)」で、
その実「心筋梗塞」か「狭心症」の
前触れだということではないのかと疑心暗鬼というよりも、
心許ない五感にやや途方に暮れる毎日だ。
「メニエール病 その7」でも触れた「両耳発症発作」であるが、
片方でこの状態であるから、
いったいどのように平衡感覚をつかむのだろうか、
あるいはつかみようが無く、
天地も無ければ何もない状態になるのだろうか。
だって考えてもみて欲しい、
何かの基準があるから目眩やらが分る訳で
そのいっさいが回転していくとなると、、、、。
そういえば宇宙飛行士はどうなっているのでしょうか、
機体の概念的状況で脳はあっさり床を認識してくれるのだろうか。
にしてもめまいや痛みが数値化(客観化)されてない状態で
我々はどのように情報交換できるのだろうか。
それぞれにそれぞれの思いと痛みがある中で、
メンタリティも強く作用する病気のもと、
やはり途方に暮れるしかないのだろうか。
注・「三主徴」、、、めまい、耳鳴り、難聴。また耳閉感や
音が響く聴覚過敏などがある。
ですから耳が悪いとうっかり言おうものなら
大きな声で話しかけられ、声が響いて
痛い目にあうことになる。
最近、軽症だといわれ喜びたいところであるが、もっとも、
1回の発作で左耳失聴状態では軽症も何もないと思うのだが、
どうだろう。
私の話では通常?の「三主徴」や救急搬送の必要のない発作は、
発作の回数に入れてません。
あのような(私の発作は1回で、1~2ヶ月のスパンになります。)
発作を何度も体験したとなると、もう病床から逃れられないと思うも、
PCのモニターが見れるという事は、
(縦はともかく、横スクロールなんて「マトリックス」です。
でも自主的コーナーリングはOKなんだから面白いよねぇ~
ではどうやって長文を書くか? 口述して秘書に書かせてます。)
今は「寛解期」なのでしょうか。
私も両耳へ移行しかけている気配なので、
両耳ともなるといったいどのように平衡感覚をつかむのだろうか、
知りたいところです。
そしてどのような治療をされて、何を服用されているのか、
教えていただければ幸いなのですが、、、、。
リアル「ステレオサウンド」は聞けないが、
耳鳴りは「ステレオ」なのはどういう訳だろう、、、、。
カワウソ