› ネコとウソ › 2009年07月2009年07月31日
おいしいコーヒーの真実
「おいしいコーヒーの真実」
TSUTAYA DVD
発展途上国というけれど、
では先進国というのは核兵器で
脅しつけることが出来る事を言うのであれば、
後退した方がいいのではないかと思われるがどうだろう。
この不況にあっても利益を上げるとなると、
いや利益を前年度より上げねばならないとなれば、
いったいどうすれば良いかといえば、
知恵をしぼって!
またしても何処かから削り取ってこなければならない。
どこから、、、。
カジノ。カジノで遊べる金はどこから
持ってくればよいのでしょうか。
成功者が、コーヒーを飲む感覚で、ほんのお遊びでやるから、
大人のレジャーであると。ふむ、
千金を夢見てスッテンテンになる方が悪いと、
遊びを知らないと。なるほど。
では、
その成功者はどのような成功で、
何処からお金を持ってきたのか教えて頂きたい。
パイはひとつで
地球は丸いのでは無かったのかしら、、、。
この不景気を良くしても、その利権に無ければ、
意味無いか、末席に居ては、、、。
それでは利権の移動を行えば良いか、でもその末席では同じか。
ドンデンがえらないのかしら、、、。
ということで欠席したい。
カワウソ
タグ :映画
2009年07月30日
リゾート感覚!
リゾート感覚!
気分はコートダジュール、、、。
(古ッ)
砂浜に寝そべり
「モンプチ(ホントは3缶いくら、、)」など頂く私、、、
といったところなのでしょう。
しかし、そこはあなた専用とはいえオマル、、、
その手前に用を足したばかりのはず、、、
なのに寛いじゃってよろしかったのでしょうか、、、。
はぁ?パヒュームでございますか、
まして自分の香り!ノンプロブレムですか。
そうでしたねっ、
ヘタに洗浄すると細菌振りかけでしたね。
自分の香りはいい香り!
どうも失礼しました。
カワウソ
タグ :猫
2009年07月29日
福木の花

駐車場に敷き詰めたような福木の花。
散歩コースの途中の
駐車場に何やらいっぱい散らばっています。
近づいてみると福木の花でした。
見上げると、
ミツバチや蝶もいそがしく
花の間を行きかっていました。
こねねこ
タグ :福木の花
2009年07月28日
お暑うございます
渡具知ビーチの夏。
エイサーの練習が始まりました。
毎年、太鼓の音を聞いて夏本番を感じます。
公園が近い我が家、
まるで隣で練習しているのかと思うほどです。
ところで、カワウソは耳が壊れているので、
このシーズンが苦手です。
太鼓の音は地響きのように、
カワウソの鼓膜を刺激します。
聴覚をほぼ失った片耳ですが、
鼓膜は生きていて、
音の振動が痛いのだそうです。
カワウソの耳を痛めつけている一番は私ですが、
(物を盛大に落としたりして、、、)
季節限定のこの音も大変そうです。
私に向かって、
「ボリュームをしぼって来て」と言うカワウソです。
何もしてやれないけれど、
二人でじっとこのシーズンを乗り切りましょう。
私は、耳の痛さは良く分からないと思っていましたが、
辛いカレーを食べると耳が痛くなります。
人に笑われますが、妹もそうです。
こねねこ
2009年07月27日
パフューム
パフューム
TSUTAYA DVD
何だか分からない映画で、
観終わってずっと気になっている。
私には、一神教の神というイメージがないので、
ヨーロッパの宗教がらみの映画が、
よく分からない。
主人公は天才的調香師である。
天才というのが、これまたよく分からない。
たぶん神の領域の人だと、オボロに理解している。
神の領域だから、普通の人間の能力を超えているのだろう。
だから、普通の認識、普通の常識、
普通の倫理感というものでは、理解できないだろう。
彼の「香りを永遠に閉じ込めたい」という願いは、
殺人に発展するが、
普通の人間の言うところの、
善や悪という概念では測れないようだ。
何しろ天才の話だ。
天才を普通の人の中の特に優れた能力の持ち主、
くらいに解釈したいのが人情だが、
天才というからにはそんなものでは無いと思う。
映画「アマデウス」が公開された時、
知り合いは、サリエリに思い入れて、
アマデウスが憎いと言った。
私は天才相手に憎いったって仕方ないと思った。
今も同じ考えだ。
天才をただの人の考えでは理解出来ない。
聖なるものと俗なるものも同じ事で、
言葉で言えば対語のようで、
なんとなく理解した気になるけれど、
聖なるものを、俗なる人間は理解出来ないと思う。
パフュームの主人公は、
この地上に天国の香りを出現させようとした。
アマデウスが天国の音楽を出現させたように、、、。
西洋の映画が天才を描くのは、
神を理解するための一つの考察なのかもしれない。
こねねこ
2009年07月26日
困ったなッ
温水洗浄便座 その2
困ったなッ。
ニュースによれば、
温水のお陰で細菌が発生してマズイのだそうだ。
なんでも熱で塩素が飛んで細菌が発生しやすくなるとか。
それをオケツに振りかけてどうするという事らしいのだが、
17年使ってこれといって問題は無いが、
言われてみるとそうだよなっ、となるのも道理。
まして一度、屋上のタンクに貯めたものが
その洗浄便座のタンクにくるのでは
もっと素敵な事になっているやもしれんではないか!
それともアレか、そういう水を使っているので
ワシらのオケツはクンチグワーついているとか。
摺り込んでいたとはいえ
自分のを摺り込んでいるのだから問題無い
という事なのだろうか。
でも一度「洗う」を知ると
摺り込むのはどうもねぇ、、、。
摺り込んでなんかいません!
失礼しました。
驚いたのはいつの間にか
相当普及しているではないか!
カワウソ
2009年07月25日
気になる木

気になる木
国体道路沿いの基地内に立つのだが、
枝ぶりが綺麗なので、いつか水彩画にでも
仕上げようかと思うも、
思うだけでなかなかである。
画像に納めてはみたものの、
実際の通りではあるが、
ぼくの中では正面に立ち、
遠近よりもその枝の広がりを
描ければと思うのだけれど、、、。
しかし、この上空を230億が、
飛んで行ったりするのはいただけない。
つまりラプターなのであるが、、、。
カワウソ
2009年07月24日
美味しそう!
美味しそう!
赤ちゃんを見て美味しそうと言わなくなって久しい気がする。
水族館の魚を見て「美味しそう!」と言って
ヒンシュクを買うくらいだから、
とても赤ちゃんを見て、美味しそうとはいえないか、、、、。
しかし、私達はついこの間まで、
特に赤ちゃんを観に来たおばさん達は、
その手を取って口に頬張らんばかりにして
「おいしそう!食べちゃおうかしら!」と言ったものだ。
最近分かったような気がする、、、。
動物は食べる事が最大の喜びであるのなら、
その動物でもある人間が、最大の賛辞として、赤ちゃんに
「美味しそう」と言うのは当然であり、
して、人間であるから「美味しそう」が
慈しみに変わった時、愛になったのであると、、、。
ところが「美味しそう」どころか、
排斥し殺してしまう者が出て来た、、、
という事は動物以下の人間が出現してきたということか。
どうだろう。
昔「間引き」が在った、
いや、今の「産み分け」はどうだろうか、、、。
葉っぱの中に葉がある、、、。
今しがた亡くなった(!?)子供から
心臓を取り出していい事になったようだ。
現代医学は、おそらく倫理(心情)を超えてここまで来た。
私、その医療が無かったら死んでいた。
生きている私は今どうなんだろうと考えるも、
よく分からない、、、。
いま、すこぶる幸せなのは確かだが、、、。
カワウソ
タグ :赤ちゃん
2009年07月23日
沖縄郷土村
「おきなわ郷土村」
海洋博公園
「海洋文化館」を出ると、
正面に「おきなわ郷土村」なるものがある。
南太平洋の島々に思いをはせて、
自からの村には関心無いではおかしいでしょう
ということで見学する事にした。
「ジトゥデー」の家に入る。
アプローチもたっぷりあり、家も立派である。
「チャービラ」と言ってみたが
「イッターヤァヤ、アマルヤサニッ!」と
茅葺の方を指さされたような気がして、
早々に退散するも、家屋敷の作りが
いまひとつしっくりこないがどうなんでしょう。
タッパも高けりゃ、天井も高く、違和感あるも
専門の方が調査の上作られたであろうから
そうなんでしょうが、
身体サイズからして縁側にさえ
腰掛けられないような作りに思えるがどうでしょう。
ちなみに「近年の民家」ではそのサイズがピッタリで
縁側で休むことが出来た。
すると、本物のウチナーオカァーが「どうぞぉ~」と
中から案内があったのでタマシヌギタ。
何かここのエンタメの人であろうか、脅かすで無い!
当然とはいえ、
見事に家とマッチしたオカアさんであった。
茅葺の方であるが、
ここも庇が高いと思われるがそんなことないのでしょうか。
少し狭い間口を中へ入れば床が、
「健康サンダル」のような竹張りで通風良く、
(祖父の家は屋根だけ茅葺だった。)
健康に暮らせそうだと普段エアコン人間が聞いた風な事を言う。
だからすかんさぁーといわれて庭に出れば、
ゆったりとした配置でこれもまた見学者用に
リサイズしたのではと思われる。
残念ながらここはガイドツアーがなかった。
どの家もいく分古びてはいるものの新築な感じで、
また火も使って無いからリアリティに乏しいのは否めない。
展示用住宅なのでいた仕方ないのであるが、
やはり幾月経っても生活の無いものには
精は付かないのだろうか、、、。
してみるとそのようなものを見て感心しても、
その表面的な感慨のみで理解したとしても、
当然そのコミュニケーションには至れないか。
まっ、そこまでの使命は課されてないという事か。
この展示家屋は現代社会のような家にも見えてきた。
アメリカ人とおぼしき家族が
その一番ジャーで記念撮影をしていた。
やはり観光客にあっての
「おきなわ郷土村」なのだろう、、、。
カワウソ
2009年07月22日
暑いので本を読む
こちらはミニカーの雑誌、期せずしてバスの話、、、。
暑いので本を読む
妻と付き合って17年ほどになるが、
彼女の事が全然分からないところと、
これだけは良く知っているというのがある。
彼女は良く本を読む。
いや、毎日読んでいる。
明けても暮れても本を読んでいるような気もする。
だからといってこの17年間私はご飯にありつけなかったり、
お腹を壊したりという事もなく、オヤツだって出てくる。
家事全般にも抜かりは無いが、
ちゃんと本を読む時間は確保している。
その事によって博識を披露するわけでも無く、
フツーのおばさんといえば、おばさんであって、
アパレル経由のクラフト屋さんではあっても
モノ書きでは無い。
また、
よくラジオも聴いていて私の何倍も世間に明るい、、、。
私は時に原稿を書いてお金をもらう事もあるのだが、
あまり本を読まない。
もっぱら雑誌をよく読む。
雑誌も本のうちではあるが、
車が大好きで、
だってモータリゼーションと共に育って来たのだ。
よってほとんどが車関係の雑誌となる。
しかし最近その大好きな車雑誌を読んでいると
ノータリンになるのではないかと
恐怖に襲われるときがある、、、。
妻はもっぱら純文学を読む。つまり小説を読む。
妻が読み終えた本を私に薦める。
気が進まないでいると
「あなたの事が書いてあるから読んでみて、、、」という。
うむ、そんな訳ないだろと思いながらも
そう言われると読まない訳にもいかないので読むことにする。
すると何故か私の事が書いてある。
妻の洞察力に関心するも何故に分かったのだと訝りもするが、
自分の事を考察する機会なんてそうは無いので感謝する。
車は円熟期にある。なのでその語りが煮詰まっている。
エンジンやサスペンション、シャーシーの話を、
またそれによって創出される走りのシーンにしたって
そう面白い事は無くなっている。というか、
金さえ出せばそのプロの走りが出来る訳ではないけれど
300馬力を手に入れることは出来、
その事によって魅力ある幻想は消えたのかもしれない。
きっと慣れたのだろうメカには、、、。
古臭い文学的言い回しで車を
語ろうとするものにあうと悶絶もするし、
それでは新しかった車をまるで馬車に戻すようなものだ、
もっとも車が馬車を超えたかというと
あまり変わらない気もするが、やはり車は馬車では無い。
そのボンネットに馬300頭入っているのだから!
妻に薦められた本を読むたびに
車雑誌が貧弱に思えるような気がしてくる。
車雑誌は新しい車言語を見つけきれずにいるのだ。
車雑誌「ENGINE」の鈴木編集長を読むと嬉しいが、
彼の哲学が面白く読めるのであって
車では無いような気もする。
車雑誌の全てがそうでないにしても新奇さがうかがわれない。
車雑誌のファンとして私思うに
殆ど語られてない事があると思う。
それはデザインだ。
概ねそれは個人の好みとして片付けられていて
好きな人は選べばよい、などというような語り口である。
ところがである。車こそはそのデザインによって
嗜好が決められているというのに
何故にデザインを軽くあしらうのかと常々疑問であった。
なぞは氷解したような気がする。
つまり、彼らはデザインをあまり知らないのだと、、、。
メカである車の走りについては多言してきたが
デザインは感覚的なものゆえ、また走っての車であるから、
いくら格好が良くてもダメという正論だったのだ。
しかし彼らとて知っていたと思うのだ。
大したこと無い性能なのに大ヒットした車がある事を。
近年若者の車離れが激しいという。
車は便利道具としてバス(ミニバン)までたどり着いた。
ここへきてスポーツカーの哲学が
若いライフスタイルを支えきれなくなったのだ。
スポーツカーと騒いでいるのはオジサンだけである。
私達は今極めてメンタルなライフスタイルとなっている。
車のイメージを新たに図像化してみせる必要に迫られている。
タイヤと路面のエクスタシーを語り聞かせても、
若者はそのセックスを知らない。
エネルギーによってタイヤが溶け、
粘膜となって路面に張り付きながらも
ズレ引き剥がされていく内に身悶えする。
タイヤが鳴き、
ステアリングを通してあなたは
彼女のオルガスムスを感じる、あああぁぁぁぁ~
それに魅力を感じないのが今の若い世代なら、
その美しくも切ない愛を図像化して見せようじゃないか!
デザインで!
自動車が過渡期である。
ハイブリット、燃料電池、電気である。
でもタイヤが4つ付いているのに変わりは無い。
飛べばスーパーカーになるがそれは違う話でしょう。
表現の選択肢が増えたわけだ。
いままで作(デザイン)れなかったボンネットの高さ、
フロントスクリーンの位置、おそらく数限りない形状が出来そうだ。
ここへきて新スタイリングが出来るのだ。
ところが今プリウスやインサイトを見ても
カッコ悪い事夥しい。そう、技術革新は未来を示しているが、
そのデザインは遅れて来た未来カーの様相だ。
少し考えれば分かることで、
それらの車がハイブリットやエコカーでなかったら
買うかという形状なのだ。
そこでデザインだ。
新しいものが創出されるときというのは
じわじわと出てくるのでは無くドヮ~っと
天変地異に迫力で現れる。
そして、新しいので、それが車と気付かない程なのだ。
そう、新しいクルマ!それは「読書」だ。
自動車評論家諸君!これからの自動車は「読書」だ。
走りじゃ無い、読書を走らせるのだ!
もちろん本を持って走れといっているんじゃない。
それでは頓馬だ。いくら馬力があっても頓馬である。
このところの車のボディパネルを見ていると
中々うねうねとしていて空間を取り込んでいるようにも見えるが、
単にうねっているだけで、
その喜びだけ表現していて
全体としてもバランスになっていない。当然だ。
全体の形状を見いだしていない今、その形が出来る訳が無い。
だから車のデザインの刷新のため「読書」となるのだ。
そしてその本とは「小説」だ。
わかんねぇだろ、全然ワカンネぇだろ、
小説をお話とおもっている人には分かんねえはずだ。
小説は話じゃない、世界だ。
ソレも形になっていない世界だ。
何処を差しているかも分からん指標だ。
単に形にしたら本になってしまう。
小説で車を作らなければならない!はぁ、ではない、
先ほどの比喩的セクシィを語ってもダメだっ、
それではまたしても車は女という事になって、
ヒンシュクを買うばかりだ。
女性受けしそうというデザインが
新しい車で無いのは言うまでもない。
小説としての車を考える。これだ!
読み終え終えたころまた一冊と妻が持ってくる。
やはり「あなたの事が書いてある、、、」という。
ならば読む。
しかし、それが繰り返される内に気付いた。
小説は世界であるから、われわれの事が書かれているのだ。
あなたや私の事である。
何の事とは無い、私の事が書かれていて
当たり前なのであった。
ええぃ、ここへきて嵌められたことに気付いたか。
どうにも怪しいと思っていたが、
彼女の本棚は既にそのキャパシティを超えていたのだ。
それでひとつづつ薦めては私の本棚を埋めていたのであった。
なんというメンタリティ(知恵)だ。
「アラ、そんなことなくてよッ、
あなたはそれによって触発されて
車が『小説』という荒唐無稽な哲学を
発見したんだから、素敵よッ、、、」
っていわれると、
そんな気もしてくるがはてどうなんだろう。
今一度考えてみよう。
それにしても暑いなッ、、、、。
それでは、
雑誌の読み方を伝授しよう。
それは隅々まで読む事だ。
特集だけ読んでお終いでは、
雑誌を読んだことにならない。
なにしろ雑誌といっているのだからだ。
ページの数字も
熟読するくらいでないといけない。
プレゼントのコーナーも、応募に関係なく読み、
どれが欲しいか真剣に悩み考え、
して、プライバシーの安全を考えて、
応募を見合すくらいでないといけない。
もちろん応募できるようになって初めて
雑誌読者の達人
と言えるかもしれない。
健闘を祈る!
カワウソ
2009年07月21日
ランキング
ミケ うふふ。
体重ランキング!キャ~~~~
堂々の1位は、、、、 1位 ミケ 4.6kg
縞田 ゲッ、負けかよッ!
2位 縞田君 4.4kg
ジョセフィーヌ だましたわねッ、でも、アラ3位なのぉ~、まッいいか。
3位 ジョセフィーヌ 4.2kg
クリ 何かと思ったら、騒々しいィ。
4位 クリ 4.0kg
クモ 逃げ回られ、赤外線状態です、、、。
5位 クモ 3.4kg
なんと、心身共に「ニャジラ」のミケが1位でした。
一同ビックリ! いくらなんでも縞田は抜けまい
と思っていたのだが、
男子、いや雄を抜いての1位であります。
縞田さんの驚きの顔に注目!
思いの他僅差でありました。
冬は5kg台もあるかと、、、。
夏痩せしてないィ?
とジョセフィーヌを
なだめての撮影でしたが長毛は、
誤解されるのでしたの結果でもあります。
こねねこ通信
2009年07月20日
「海洋文化館」
「海洋文化館」
海洋博記念公園(1975~)
「ハッピーアイランド」の多喜ひろみさんが
その気持ちよさに居眠りしてしまう、という
「プラネタリウム」を見るべく出かけてみた。
久方の暗闇に一寸驚いた。
街に住んでいると中々味わえない暗さだ?。
こうでないとプラネタリウムにならないのでしょう。
しかしである。
真っ暗闇から始まった物語に愕然とする。
相当古い感じのスライドアニメで始まったのは、
子供向けにしたとしても付いて行けないダサさで、
「海洋博」以来唯一残る同館ならではの、
もしや1975年当時のセンスのコンテンツなのであろうか。
果たして子供たちにはどのように感じただろう。
まっ、すれたオジサンの感想なんか
子供の純真さの前では意味無いものとして席を立ち、
休息のあと本命の「プラネタリウム」に期待した。
んーどうなんだろう。
せっかくプラネタリウムといっているのに、
星座のイラストやお話で
ちっともプラネタリウムの星そのものを満喫させてくれ無い、、、。
おまけに大音量のナレーションは気を高ぶらせるだけで、
その宇宙の中へ誘ってもくれない。
童心に帰り、
那覇はどこぞに在ったプラネタリウムを
期待して臨んだのだが、
私の記憶そのものも、
そもそも変質しており感傷的な郷愁だけだったのだろうか。
期待外れに出る。
プラネタリウムの装置は実にメカニカルで、
かつ骨董の様でもあり、
呪術的雰囲気すら醸し出していて、
とてもそそられるものがあったのだが、、、。
して、多喜様にあっても暑い中、
プラネタリウムのエアコンの効いた暗闇の中で、
自らの宇宙へ沈潜していった方が、
この場を活用するにふさわしいと思われたに違いない、、、。
さて「海洋文化館」である、子供科学館では無い。
「プラネタリウム」を後に、といっても
その「プラネタリウム」は同館にあり、
まずはそれを見る事になるのである。
もちろん航海に星は必要でその関連であるが、
あのような話ではトンと頭の中で繋がらない。
私だけかもしれないが、、、。
ともかくも気を取り直して2階にある
「海洋文化館」御自慢の展示物を観る事にした。
「ガイドツアー」の案内のアナウンスがあり参加する事にした。
アナウンスに並ぶも集まったのは私たち夫婦と
ひとりの観光客。
他にも客は居たのだがノーサンキューと
丁寧に断られるガイドさんであった。
3名ではどうなんだろうと思ったが
「1名様からご案内します」という。うむ、ありがたや。
とはいいながらあまり期待してなかった。
がしかしである。
人数が幸いして?ガイドさんに突っ込んだりして
なかなか楽しく学ばせてもらった。
私がはしゃいだのでもしや観光客の1名様には
御迷惑だったかもしれない。
ほとんど「アバンティ」のトリデさん状態だったかも。
いや、そうでもあるまい、
久々にリアクションのある客に
ガイドの彼女も幾分楽しかったとしたい。
こねねこによれば単にあなたの好みのせいでは
無かったかという話もあるにはあるのだが、
まあ、皆を満足させられる訳では無いので
これで良しとしたい(はぁ?)。
それはともかく「海洋文化館」は面白い、
といっては不謹慎なら素晴らしく楽しいところである。
何より人がいない、、、
いや、だからじっくり鑑賞できるというものだ。
水族館もこのようにあれば
どれほど良いかと思うがそれでも困るでしょうし、
ここだって賑わうに越したことは無いのだ。
本格的研究が、ここで出来る訳もないはずで、
なら多くの人に関心を持ってもらい、
ひいては連れてこられた子供たちの記憶に
しまいこまれるだけでも充分であるだろう。
となるともったいない展示物達もである。
お勉強ぽいのがいだだけないのだろうか。
いや、世界はすべてが勉強なら同じではないのか。
いや~TVゲームの方がやはり面白いか。
実を言えば、
私だってこれまで、
ここが面白いとはそれほど思わなかったし、
これから通い詰めて関心をもっと持とうという訳でも
無いのだから「図書館へ行こう」となどと
啓蒙家になってどうしょうというのだ、でもある。
いや、それでも面白い、
この面白さは何もためになるとか知識がどうのというのでも無く、
ざわざわとするものがたとえ一時であっても感じるからである。
ガイドさんによって触発された私の好奇心は
その後30分ほど続き見いれば、
ひとつの疑問の様なものも出て来た。
何故、
現地にも無いというのにこれらの物が沖縄にあるのか?
そして、
沖縄は日本の南端では無く、
南太平洋の北端なのだろうか?
というような感じを展示物から感じたのでありました。
また、
サバニは館外に展示されていたがどうしてだろう。
あらためてロビーの「進貢船」を見れば
琉球国の悲哀は見えても
「海洋文化」は見えてこないような気がした。
細かな展示物まで丁寧に見て行こうものなら
とても一日二日で見れるものでも無い、
ならば、せめてもう一度は訪ねてこなければなるまい。
いや、そんな風に気負わなくとも、
それに3年後にはリフレッシュする計画もあるというのだから、
思い出し見に来れば良いだけの事かも知れない、、、
なにかしら自らにお勉強を強いているのかも、
さらには子供たちへ、、、。
せっかくの夏休み
TVゲームがよろしいかと、、、。
呪物として並ぶ物たちの中に玩具もある。
解説によれば、
呪物の一般化がその玩具達であるという。
してみれば、これらは
「ゲーム」
なのではないかと、、、。
ならば「海洋文化館」
へ行こうか!
そのゲームが気に入らないのなら
君が書きなおせば
イイじゃないか!
カワウソ
2009年07月19日
ガイドさん
「海洋文化館」の詳細は後日、、、。
「ガイドツアーをおこないますので、
ご希望の方はお集まりください」とメッセージされる。
それではとガイドの方の前にしゃしゃり出れば、
私ら夫婦だけ、、、。
「アラ」といったら「お一人様から受け付けます。」
とおっしゃる。
ガイドの方さらに声掛けするも一人増えただけで始まる。
あまり期待してなかったものの「ガイド」の効果抜群で、
大変勉強になり、且つ、自らの興味も湧いてきたのでした。
まあ、お姉さんがカワウソ好みだったからという、
こねねこの証言もありますが、、、。
カワウソ
2009年07月18日
2009年07月17日
チャイルドエアバック
「チャイルド・エアバック」
もちろんそんなの無い。あれば大変だ!
、、、、、、、、、、
交差点でなにげに隣を見ると、パッセンジャーシートに、
チャイルドシートにのせられた赤ちゃん、、、。
うおっ!見れば、
その頭の側がダッシュボードに接しているではないか!
それがどうしたと、、、、。
最近は「デュアルエアバッグ」ですから、
事故の際そのパッセンジャー前のダッシュボードからも
デカイ風船が爆発して出てくる。
どうなるか。
世界一可愛い赤ちゃんが風船もろとも後席側に
吹き飛ばされんとも限らんと思われたいのである。
あるいは風船が赤ちゃんを叩き落すやもしれんのだ、、、。
恐ろしいと思いませんか。イメージ出来ない。
でしょう、出来れば、
そんなところに、そんな風に世界一可愛い赤ちゃんを
乗せられる訳が無い。
はぁ、自分は安全運転だから大丈夫!なるほど。
でも相手からブツカッテ来てもエアバッグは開くと思います、、、。
安全のためのエアバッグなのに意味無いジャンと。
でもですね、なんでもそうですが適切に使って
機能するってもんですよッ、ハイ。
どうか取説を今一度お読みになり、
その世界一可愛い赤ちゃんを移動し乗せてあげたください。
でっ「チャイルドエアバッグ」ですが、
可愛い孫を抱っこして運転する。なにしろ可愛い孫だ、
ワシがちゃんと抱っこしているから大丈夫。
するとどうなるか、、、、。
あまり言いたくないが、事故が起こると、、、
お爺さんはつんのめります。
すると柔らかいお孫さんが硬いステアリングの間で
クッションになってお爺さんを潰れながらホールドし
お爺さんは孫の、命をかけたお陰で助かります。
事故が酷ければさらにエアバッグが開きます、
いったいお孫さんはどうなる事でしょう!
イメージ出来ませんか。出来たらやりませんよネッ、、、、。
だから孫は傍に立たせるというのはどうか。
なるほど、下手にシートベルトで首をしめんとも限らんし、
チャイルドシートごと吹き飛ばされる事もないか、、、。
でも、それだと「ロケット弾」に早変わりです。
追突します。
最近の車は潰れながらあなたを守ります。
もちろんあなたはエアバッグのサポートも受けます。
でもお孫さんはロケットとなってフロントガラスを突き破り
相手の車につっこんで被害を身をもって拡大します。
何て酷いイメージを持っているのだとお思いでしょうか。
そうです。ひどいイメージです。
でも、いつだかお忘れでしょうが、
見せられたはずの光景なのですが、
自分の事とは誰も思っていませんし、
私の孫を思う気持は世界一だからこんなことにはならない
と思っていらっしゃることと思います。
でも、思いと物理の法則が一致しているとは限りません、
やはり、今一度考えてみましょう、イメージしてみましょう。
すぐ夏休みです。
お孫さんがやってきます!
家の子
保育園児なのに自分で車のドアをあけ、
乗り降りが出来る、
良い子なんですよぉ~
そうですか、それは良かったですねッ。
私の知り合いの子は、お母さんに乗せてもらって、
専用のジャケット型シートベルトを装着して出かけます。
その子が大きくなったら、やはり我が子を同じように
サポートすると思います。
私は後者に育てられたいなッ、
と思います。
できたらチャイルドシートは
レカロが良いなっと、、、。
カワウソ
2009年07月16日
ニャジラ考
割って入るミケ、、、恐縮する縞田君。
「ホワッツ・マイケル」に出てくるニャジラを、
変わったキャラクターだなと思っていた。
ある日、ニャジラが三毛猫と気付いた。
三毛猫は可愛いと思っていた私は唖然とした。
我が家で一番年下のミケはとても可愛い。
昔実家にいた初代ミケも、
実に美しくそれに賢かった。
ニャジラは、私の三毛猫に対するイメージを、
裏切るキャラクターだ。
しかし、
最近家のミケが他の子達に嫌われるという、
不思議な現象が進行中だ。
縞田君がうるさがる。
クリちゃんにも威嚇され、
たまに隣の部屋に行くと、
くもちゃんにまで威嚇される。
どうしたんだろうと観察してみると、
ミケは変わってないのだ、
やることは子猫のまんま。
誰にでもくっ付くし、体当たりでアピールする。
ただ、デカクなったのだ。
気が付けば、
年を取ってきたクリちゃんがぶっ飛ぶ程、
デカクなったのだ。
迂闊にもそのことに気がつかなかった。
なんだか険しい顔の縞田君、、、。
ああ、だから嫌われるのだ。
大きくなっても、態度は子猫のままなんて、
ただの無神経猫でしかない。
ニャジラもただの可愛い子猫が、
可愛い、可愛いで育ってしまい、
デリカシーの無い大猫になって、
ニャジラと化したのだ。
反省した私はミケに色々話しかけるのだけれど、
ミケは相変わらずだ、、、。
こねねこ
2009年07月15日
ドリーム2
「熱帯ドリームセンター」その2
2009海洋博公園
このような花々を咲かせ管理するのは
容易でないのが、「遠見台」に登って分かる。
鬱蒼と茂る果樹や花々は
巨大な温室有っての話だったのだ。
んーこれを管理するのは容易でないし、
相当な管理資金が無いと出来ないことだろうと想像もつく。
国レベルあっての存在かしら、、、。
眼下に錦鯉の動きが見え、
遠くには伊江島も見える。
この素晴らしいロケーションに感嘆するも、
反対側の海には、その同じ国が、
新たに「滅びのテーマパーク」も作ろう
というのだからなんともである。
して、その国とは我々が作っているはずの
「国民国家」であり、
私たちの幸せのために
建国しているのであるはずのものである。
暗欝のままエレベーターで遠見台を降りる。
順路案内のまま次へと進めば、
ひんやりと冷房の効いた薄暗い部屋に着く。
開けゴマァ~とばかりに開いたドアの向こうに
ピラルクーがヌゥーット現われた。
大きい!話には聞いていたが大きい。
淡水魚の水槽であるが、水槽、これもデカイ。
書斎風の薄暗い部屋から観るから
あまり大きさを感じないが、
外に回ってこの蓮池が水槽と分かれば、
うなるしかない。
確か案内にも、これらを飼うには
「水族館レベル」の水槽が必要と書かれていた。
回廊にでる。
以前ほどのゆったりとしたリゾート観が無い、
何だか狭苦しいし、列柱も途切れて回廊感も薄い。
確か黒豹が居たはずである、ずいぶん昔の話でもあるが。
豹。
初めてそれを見た時はそのエキゾチックに
心奪われたような気もしたがしかし、
ここは沖縄であり何故に黒豹が居るのかはすぐに訝れたが、
今となっては懐かしく
黒豹も居ていいかと寛大になっている。しかし居ない。
そのリアルに作られたベンチにもなる彫刻はどうしたのだろうか。
やはり、いくらなんでもそぐわない
「机上の沖縄」は取り除かれたのだろうか。
「熱帯ドリームセンター・スタンプラリー」は
子供たちを植物園に引き留めようとの、
あるいは何処にでもあるアイディアで
お薦めなのか知らないが、
このような事をしなくても興味ある子供たちは、
この素晴らしい植物たちに関心を示すに違いないはずだが、
少しでも集客力を上げようという涙ぐましい
関係者で無いと分からない、陳腐と
一蹴、一笑出来ないものなのかもしれない。
つまるところ自己責任、自己管理、
果ては自立と脅かされ公務な方も楽ではないのかもしれん、
いや、やはりそのお給金を紡いでいるのは
国民であるのを考えれば、この不況下、
絶えずお給金が出るのを
良しとしなければならないのかもしれない。
いやはや、
心洗われる花々を見て、
この素晴らしき人生を生かさせてもらっている事に
感謝すべく過ごすつもりであったが、
懐がさびしいと貧すれば鈍すのか、
素晴らしい施設を見れば見るほどに、
いったい私達はどのような世界を作ろうと
このようなものを作り続けてきたのかと
あらためて「遠見台」から見えた島々に思いを馳せれば
涼風に心洗われるのでもありました。
この「ドリームセンター」の名は
私たちに夢を見させといて、
その裏では、悪夢を用意していない事を
祈りながら家路についた。
今日もコンビニのアイスが美味しい!
キャップとボトル本体を指示通り分けて
ゴミ箱へ入れたら、
後の人が何本もそのまま放りこんだ。
唖然とする間の無いまま、その人は
店内へ消えたが、多く消費する者の、
勝ちなのだろうか。
勝てばなんとかという話が
在ったような、、、。
カワウソ
2009年07月14日
ドリーム1
遠見台
「熱帯ドリームセンター」その1
2009海洋博公園
このところ観光客づいている私たちなのであるが、
もうほとんど観光客のノリで公園に着く。
つまり、私は海パンにアロハ。
妻はホットパンツにTシャツでビキニ。
妻ながらステキだぁ!イエーィGO!GO!、、、、。
(すみません虚偽の発言をしてしまいました、
悪しからずご了承ください。
また観光客の皆様が事実関係はともかくも、
そのような格好で出歩いていらっしゃるような
印象を与えたかもしれない事につきましても
お詫びして訂正したいと思います。
ただいま現在58号線の横断歩道上で、
ビキニの方が通過致しましても、
だいいち58号線を挟んでホテルとビーチが在るのですから
そのようなシチュエーションになったとしても、
それが人情というものであり
どなたも咎められるものではありませんし、いえ、
ドライバーさんにつきましても一服の清涼剤になっても
問題は無いはずですし、
この多幸感は妻とも分かち合えるものでありまして、
かつ、
それは私の幻覚のような、そうでありたい、でもあり、
ですから、、、、
あなた様の読後の記憶を削除して頂けたらと思います。
では本文に戻ります、、、。)
熱帯・亜熱帯都市緑化植物園
予定は「中央ゲート」からの入場だったのだが、
「熱帯・亜熱帯都市緑化植物園」経由で
「熱帯ドリームセンター」へ行こうというアイディアに負けて
「南ゲート駐車場」から歩きだしたはいいものの、
当初は曇りや「街路樹」で良かったが、途中から日が出て、
その上木陰を作る「街路樹」も無いときては
もうほとんど砂漠と変わらない。
テクテクと歩くもたどり着かない。
たかだか1.7キロ程なのであるがこうも暑いとたまらない。
道々妻を睨む
「きみのアイディアでボクは倒れるやもしれん、、、。」
「あら、喜々として歩き始めたのは誰でしたっけ?」
うむ。
ここで無意味に覇権を争っても自滅するだけ、
ドーして男はここでハッキリさせておきたい
などと切り出して問い詰めようとするのか、
ましてこのような時に限って、
これを言い合ったからといって
ドリームセンターが近づく訳でも無く、
「小豆アイス」が出てくるわけでもないのだ。
気を取り直して「ここが『夕日の広場』かぁ~」
などと、しなを作る、、、、。
パラミツ。やおら幹から実がなっている、、、驚き。
してもたどり着かず、
真横に来ているはずのドリームセンターは、
見れば「テロ警戒中」とやらで横門が閉まっている。
「俺達は不審者の上、テロリストだったんだぁ~」と
悲嘆にくれる。
迂回してたどり着くも、人気が無い、、、。
「熱帯ドリームセンター」は私達夫婦の貸し切り状態であった。
案内の人に聞けば夏休み前の間隙だそうだ。
しかし「美ら海水族館」は多いに賑わっているのだから
やはり人気の差は否めないに違いない。
エレガントなボンボリ。
ロビーに入る。
涼しぃ~このままここに居たかったが
このロビーを起点に始まるのがこの施設であって、
涼みに来たのでないならここを後にするしかなかった。
いやーいつ来ても素晴らしい。
この行き届いた手入れとその結果に咲く花々、そして果実!
ウチナーンチュにも出来る!
えっ、国の管理?予算ザクザク?わからない?そぉ、
どうなんでしょう?って、まあいいか、先へ行きましょう。
ここまで暑い中歩いて来たので、
良い具合のくたびれ感が観察への集中へとつながる、、、。
ハイになって観ると目は泳ぐばかりで定まらない。
いや、それにしても綺麗な花々なので目移りは避けられない。
あれもこれもとシャッターを切って落ち着けば、
返って白い花の方が、
この絢爛たる中で清楚を保ち美しいような気がする。
花によっては銀行のイメージばかりが思い出され、
我々がいかに現代を生きているかを思い知らされ、
その花に申し訳ない気がしてもくる。
この目は今、本当にその花を見ているのか
疑わしいばかりである。
つ づ く
カワウソ
2009年07月13日
2009年07月12日
命

「命」
ヒヨドリのヒナ?
「梗塞」のリハビリで散歩しているのだが、
その途中前からやって来たやはり散歩のひとが、
不意に進路を変えた。迂回した所にふと目をやれば、
ホントに小さなヒナが側溝の上で縮こまっている。
突然のことに困ったが、しかし、
これは母親に見つけてもらうしかなかった。
あのヒナは無事親鳥に会えただろうか。
助かるも助からないも運ひとつなのか、、、。
人も鳥も生きていくのは、それだけで
大変な事ということだろうか。
どうか助かっていますように、、、。
カワウソ




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