てぃーだブログ › ネコとウソ

2009年07月04日

サクララン その2




4月から5月にかけて、

たくさんの花を咲かせてくれたサクララン。

その頃私は慌ただしく日々を過ごし、

画像を撮るどころじゃなかった。

仕方ない、次のチャンスを待つしかないと思っていたら、

6月後半から、また花を咲かせてくれました。




開花前のサクラランは、

何だか和菓子風で可愛いです。

    こねねこ





  
タグ :サクララン

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2009年07月03日

「沖縄に生きてぇ~」


    美ら海水族館。



       「沖縄に行きてぇ~」


 って思って、パンフレットをめくれば

「青い海、青い空!沖縄」なんてある。

夏はやっぱ沖縄だよなぁ~行きてえぇ~と思いますよねッ。

沖縄に居てオレも思うし、、、。

 でっ、「国際通り」なんか歩いていると観光客でいっぱいで、

なんか異国情緒みたいで、

その辺に土人はいないけれど

ダワケ族やアンナ族、そしてフン族などいるし、

分け入れば身体性あるし納得出来たりするから

ウチナーで良いかッなんても思うし、

でも「青い海!青い空!の沖縄の方」へ行ってみたいよねぇ~

沖縄県民としても、、、。

 「10年後(16年)に観光客数を1000万人」

と県は考えているらしい。

今、年600万人くらい来ているとの事、

うわ~そんなに来てるんだぁ~というのが感想ですが、

あまりの多さに、

今しがた隣にいた妻が、美麗な観光客に変わっていた!

ってこともあるか!?

 月に50万人程とは、成程レンタカーと擦れ違う訳だ。

今年は殆どデミオのような気がするがどうなんだろう。

時に外車や軽自動車もあるが、

「わ」の軽トラは観光客じゃないでしょうねぇ。

暑い盛りにオープンカーで涼しそうに出来るのは

観光客くらいなもんでしょうか。

えっ、エアコン効かしてるって?

そうなのッ、オープンでもエアコン効かせれば

ヘーキなの、ってホントォ?

 沖縄県民は130万人ほどであるから

月に1/3強の観光客で賑わっている訳だ。

なるほど観光立県なのだ。

さらに「県の人口を300万人にしたい」そうな。

倍、じゃきかないか、

今でも狭いのに何を考えているのでしょうかと思うが、

さらに博打もやりたいらしい、、、意味不明だ。

もちろん新しく軍事基地も作るのだから相当凄い。

そんなスゴイだらけの沖縄に行きてえのは分かるねぇ~、

自分とこだったらヤだけどッて感じもするけど。

つまり、住んでる人からするとなんだかそれではもたんよー

って感じだから、

ハワイのように「願望より『質』の追求を」

と県にお願いしたいものだ。

ドーしてデータ出てるのにそっち行くかねぇと思うのだが、

だから別の思惑があって

これは仮の姿(メッセージ)ではないかと

訝るのだが何しろ相当暑くなってきたので

考えが回らんのであつた。

 「行きてぇ~沖縄!」というのはもちろん

西海岸のリゾートホテル内であって、向いのそば屋ではない。

そういや売り出し中の落日バッチリシチュエーションの

リゾートマンションがあったなッ。

買おうかしら、、、。

そこなら心筋梗塞の発作になっても

マンション内にその施設もあるのかしら、それなら買いだね。

ところで地元の人も買えるのかしら、、、。

 

   「観光客って皆アンナダワケさぁ~ねぇフン」

   「どんなダワケ、、、、」

   「アンナダワケ」

   「アンタの話は分からんさぁ~」 

   「ダカラヨッ!」

   

 参考文献・「『願望』より質の追求を」吉田 央(沖縄タイムス)
                     6.28.2009



            カァーラ・ユクシ





    

Posted by ネコとウソ at 22:40Comments(0)TrackBack(0)カワウソの話

2009年07月02日

態度がデカイ




何だか最近、

態度も図体もデカクなったミケ、、、。

縞田先生を腕枕にしつつも、

もたれて眠る姿は、

オヤジだ!

縞田先生がこころなし

小さく見えます。




でも仲良しなふたり。


   こねねこ




  
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Posted by ネコとウソ at 20:54Comments(2)TrackBack(0)こねねこの話

2009年07月01日

美ら海水族館


  迫るジンベエザメ!



       沖縄美ら海水族館

         リハビリ行脚

          海洋博公園

 備瀬巡りしながら「水族館」があったのを思い出すも、

その日では体力的に無理で出直した。

 久しぶりの水族館である。

前回は冬、母と叔母を連れての見学だったので

そのサポートに忙しく、

また二度目のメニエールで倒れる前だった事もあってか

水族館は静かで癒されムードだッ、と思っていた。

ところが今回夏でもあり観光客全開でごったがえ。

嬌声はないものの、

ざわざわと話声は地響きのように私の鼓膜に迫り苛立たしい。

サウンドガード(耳栓)を忘れていたら

見学どころではなかっただろう。



  大水槽



雑踏の中を進むもやはり思わしくなくそそくさとなり、

大水槽前まで一気に進み、

ここなら広いし落ち着けるかと思ったが、人出が違う、、、。

 大水槽は世界一を歌うだけあっていつ見ても凄い。

それにしても実見よりバーチャルな映像に関心があるらしく、

そして水族館側もダイバーの水中カメラで

個々の魚たちをモニターで伝えるのが

使命とばかりにアナウンスする。

おかげで自分の携帯やデジタルカメラと、

そのモニターを見るのに皆忙しい。


  回遊するジンベエ、、、。

 回遊するジンベエザメがやって来た。

この時ばかりはそのスケールに圧倒され、

原始人に帰った我々は一同に「おぉー」と声を上げ、

ジンベエに感嘆する。流石に大きい。

アナウンスによると最大で10mほどにもなり。

ここの個体も5トン程あるという。驚きである。

そのジンベエが3頭も回遊してくるのだからその迫力たるや、

しばしカメラのファインダーから視線を外し見入る、、、。




  中央ゲートより望む伊江島


 沖縄市から1時間45分ほどで着いた。

中央ゲートの駐車場は「満車」の表示。

しかしこの暑さ、ここで諦めては先が無いと

係りの人に「身障者用は空いてるか?」と問い駐車場に入る。

身障者用は空いていたが、しばし様子を見る。

すると近くの一般用が開いたのでそこへ止める。

ラッキー!

最近は車が止められるかどうかが問題で、

その時点で肝心の用向きは終わったような気さえ

おきるのであった。

「さぁ、駐車出来たッ、では帰ろうか!」といった感じだ。



  入り口前のダイナミックなジンベエの彫刻

 さて園内に入り、お弁当の場所を探せば、

良い場所がすぐに見つかり美味しく頂く。

今日はなんだかツィているとご機嫌で水族館へ向かえば、

その途中に大きな建物、

見れば3階建ての屋根付き大駐車場ではないか!

それに大分空いている、「あらあら」である。

いささか姑息に駐車した感じが無いでも無かったので、

ひとり赤面するも、

いや、私は「身体障害者」なのであるから、

あそこに止めても良かったのだが何故か遠慮があり、

一般用が空いてから止めたものの、

自分は障害者と呼べるほどの者でも無いのでは

という思いもあったのだった。

いや違う。

どこかで障害者であるにもかかわらず、

得した感じの姑息観が躊躇させるのであって、

遠慮でも無いのではと自虐的になる。

まだ違う。

身体障害者はどこかで遠慮するものだという、

そう、世間に対してすまないような気がしてきてしまうのだ。

いわば、その差別の様なものが障害者になっても、

反転するように身に迫り、

行動を躊躇させるものがあるのでは無かったのかと思う。

この感じ、この感触が、

障害者をして社会に役立つ人間にならなければ

という思いに駆り立てるのではないのかと、

俄か身体障害者は思う。

いや、ここまで複雑でもあるまい。

単に車椅子等を使って無いから見かけの障害にこだわるという、

これもまた健常者時代?の障害者への妙な、

そして、誰かインチキをしてはいまいかという、

どうにもの正義感というよりも

損得に裏づけられた感情の始末なのではないのか、、、、

そんな事を思いながら水族館にたどり着くころには、

すでに疲れ果てていたのかもしれない。

 

     そう言えば「奇異にして過美」

       といわれたエイサーも

      ジンベエのキャラになって

     水族館のキップになっていた。



     

          カワウソ




  

Posted by ネコとウソ at 22:06Comments(2)TrackBack(0)カワウソの話

2009年06月30日

リハビリ行脚 in備瀬





         リハビリ行脚

          in備瀬


 備瀬部落へ海洋博公園北側からはいる。

ずいぶん久しぶりに来たが、共同売店なるものが新しくあり、

観光地ということのようだ。

 部落内案内順路という札もあり、

その「順路」で回って観ることにした。

日が高いにもかかわらず、

中まで日が差してこないほどに鬱蒼とした福木の防風林である。



何だか秘密の感じがして素敵だ、、、。

このところの雨に湿った小道は濡れたままだ。

3メートル程の道幅の両側は福木林のようになっていて、

途切れ途切れに開いたところが

住居への出入り口というかたちだ。

住宅があるものの人の気配は感じられないし、

またうらぶれており、ところどころ空き地になっている。

屋敷跡などには雑草が生い茂り

生活用品の一部も散乱していたりして寂しいものがある。

ときに新築したばかりのコンクリート住宅にも出会う。

なにやら観光客相手にささやかな商売のような事を

しているらしく手書きの案内板があったりする。



 後方から観光客のレンタル自転車が

追い付いてきたりもするので、

妻に袖をひかれる。

住民のお婆さんは挨拶して下さるも、

地元観光客?どうしは何故かヘンナーなので、

ムッツリとしてすれ違うだけだ。

 相当な予算が必要と思われるが、この地域を

一掃リフレッシュして見たい気を起こさせるも、

果たしてこのような暮らしを放棄してしまった

私たちにその身体性は無く、博物館的な趣になる

自分の不遜な意識が、これはこのまま消えゆくのが

正直というものなのではないかと尻すぼみとなる。

 部落内から海岸に出てみるも、

しっかりした防波堤に整備されていて興を削ぐ。

学生達が桟橋から飛び込みを楽しんでいる。

こうして屈強な青年が育つのかなと思えば羨ましくもあるが、

少し先のエメラルドビーチなるところのムードとは隔たりがあり、

いや、

まっビキニだけが人生でないのは分かっているつもりだが、

途中にある境界がうらめしい。

 その境界のせいで迂回して駐車場に戻るも、

車の向きを考えずに止めた車内は暑い!。

おまけに我がアトレー君はエアコンが壊れているのであった。

窓を全開に風を通すもあまり変わらず、

かといってこのまま駐車場に居る訳にもいかないので、

背中を浮かして乗車し帰路へつく。

近くのコンビニで停車し

頬張ったアイスの美味しかったこと!。


       どれどれと万歩計を見るも

      大した歩数にはなって無かった。

          やれやれ

   
          カワウソ



  

Posted by ネコとウソ at 17:25Comments(0)TrackBack(0)カワウソの話

2009年06月28日

石川真生写真展


  会場中央金髪風の方が石川真生氏、、、。




         石川真生写真展

     「フェンス OKINAWA」

       6/12~28・2009

        名護博物館ギャラリー


 第二次世界大戦を太平洋戦争を、そして「沖縄戦」を

語り継ぐ必要があるのだろうか、、、。

見上げさせられる空を見ながら私は思う。

今眼前を米最新鋭戦闘機F-22ラプターが

滑るように飛びながらも、その騒音は凄まじい。

私のサウンドガード(耳栓)など無いに等しく突き抜けてくる。

それじゃ空母用に作られたサウンドガードを着用すべきだろうか、

持っているのだから、、、。

 那覇と沖縄市でも温度差は大いにあるのだろうか。

那覇の画廊のレセプションに出掛けると、

決まって遠いところからわざわざどうもと聞かれる事だし、

F-22は分け隔てなく県庁の上空を遊覧飛行している

というのにその音は聞こえないのだろうか。

その見事なツーショットは雑誌にカラーで

紹介されていたというのに、、、。

 語り部の話を聞かなくても、

上空から遠慮なく語りまくって来るたった1機のハリアーは、

壮絶な声で喚く、

平和の音を聞けと「君たちは守られている」。

ああ、そうだった守られているのでした、

皆でお約束したように。

お約束したのでヤッケーなのか、

過去についての継承に躍起でも、

今現在のソレについてはどうも話が

遠いような気がするのはこれもまた沖縄市の人間だけだろうか。

 嘉手納の「道の駅」にチョットしたギヤラリーがあり、

「KADENA」に居るヒコーキ達が

迫力のない展示で来館者を待っている風でも無く在り、

やはりそのチンマイヒコーキ達では人を止めないようだ。

それに引き換え屋上に上がれば

航空ショー紛いの実機によるアトラクションとも思える飛行が

展開されているのだから仕方あるまい。

コインを投入すれば機番も確認できそうな望遠鏡もある。

理由はともかく毎日盛り上がっている。

 実は今現在

(もしかしたら誰も知らないのかもしれないが、

 うそぉ~はじめて聞いたぁ~という人もいるだろう、

 きっと)

辺野古に航空基地を作っている、もちろん軍事基地のだ。

そう、驚きましたか、驚くよねぇ~、

過去にも遡って戦争はダメだ!二度と起こしてはいけない!

といいながら辺野古に、

おニューで作らせているのだからね、すごいよねっ。

ドーショーも無く凄いので

「6月23日」の話で隠蔽しているのかしら

と思われるほどに聞かない話だよねぇ~、

全然繋がってないみたいな感じだし、

いや、つながってないのかも、、、。だってヤッケーだし。

そうか、辺野古は政治的な話で

「6月23日」は「戦争はしてはいけないという日」

であって別なのかも。

みなラビリンスな継承や、

アーカイブ作りで今やらなければ途絶えるということだし、

アーティストもその「アーカイブ」の前に

困惑しているようだし、、、、。

いや、

それらは並行して声高にいわれているのだけれど

何故かテンデ繋がっているようには見えないように思う。



 会場では石川真生のドキュメンタリービデオも流していた。

その中で石川氏が現像しているシーンがあるのだが、

どう見ても「てんぷらを揚げている」ようにしか見えなかった。

てんぷら屋のおばさんならぬバイタリティーが

彼女の支えであるように、

来場者に「ハーエーゴンゴンするしかないさ~(走り続ける)」

と話している姿に、

病身ながら身を呈して写真を撮る姿に打たれるが、

もちろん真生氏にだけ走らせる訳にはいかない、

何故ならいうまでもなく我々の未来がかかっているのだから。

この、

日常に溶け込んでしまっているフェンスを

浮き彫りにさせる写真を観ながら、

私達はそうなってしまっている寝ぼけ眼を

覚醒させねばなるまい。


           カワウソ


  

Posted by ネコとウソ at 21:44Comments(2)TrackBack(0)アート

2009年06月24日

心筋梗塞 その14


   お薬セット!


        心筋梗塞 その14

        医師の考え・私の想い


 身体はすこぶる良好のように思う。

毎日のように歩いて、息切れするも、

歩いている事に意識が行き、

そのことは忘れているような気もする。

途中ハッとして水を飲まなくっちゃと思い起こすも、

それは悲観的な事としてではなく

思い出した楽しみのように、、、。

 病院を変えてみた。

これまでの病院に不満があったのではなく、

もっぱら経済的な事、例えば近いなどであったり、

結果時間をあらそう病気なら尚更であろうと、、、。

しかし私の場合便利を取ると

裏目に出るというジンクスがある。

今回もまた困ってしまった。

 新しい病院で、

とりあえず薬をもらおうと出かけてみたが

「4か月程経ってますので、

入院カテーテル検査で行きましょう」と

医師は張り切る。

えっ、

ですから、でも先の病院では半年点検と言ってましたので、

まだ日があるし、血液検査などしてもらって、

お薬頂いて帰ろうかなと考えていたのです

がいかがでしょう、、、、等というのは通用しなかった。

竹藪から出て来た幽霊のような医師は

「命拾いしましたねぇ~」と言い、

ですから私助かったんですよ~といっても

「命拾いしましたねぇ~」という感じで、

何だか助かったのが、

どうして助かったのでしょうねぇ~

というように聞こえて怖い。

 「こちらのお薬は、タナトリルも半分個ではなく、

ちゃんと一個でその量のお薬出しますからねぇ~

それでは今月末に検査入院ということで、、、」

などと親切サービスな医師の説明、

でも、いざ薬局で貰ったのは従来通りの半分個、、、

なにかしら。

 「カ、カテーテルはリスクもあるし、

CTとかそういうのでやりたいのですが、、、

リスクの事もあるし、、、」といえば

「それではダメ!リスクは無い!」と

最近の医師にしては珍しくキッパリ。

それならと、

せめて今日までの私の養生の効果が出ているか知りたくて

血液検査をお願いするも「ダメ」という、、、、。

 入院検査の書類を持たされ、なんだか、

あれよあれよという間に布団を買わされてしまった

主婦のように困惑する。

会計で「その、カテーテルの検査はいかほどと」

お尋ねすれば10万円程とあっさり言う、

うへっ。

リスクのないはずの検査は立ち合いの人や

サインをあれこれ求められる事になっていた。

だって、「カテーテル検査」って心筋梗塞本番と

変わらないんだものねぇ、、、、。


      後日検査入院をキャンセルする、、、。

 一応薬は貰ったので一息つきながら、

やはり前の病院で相談してみようということになり、

出掛ける、、、。

 「やあ、しばらくです、、、」

以前の医師に笑顔を取り繕う。

期待の医師、ヤングマンは

「どうしましたと、、、」お聞きになるので経緯を話すも

「うちでもカテーテルでやりたいのですが」とのこと、

そこで知人はCTやらで済ました

という話を聞いたのですがといえば、

でもやはりカテーテルと仰る。

いやでも某病院(第3の病院)には、

これそれの機械があってそれで出来るという風にも

聞いたのですがに、やはりカテーテルという、、、。

どーしても10万円だ。

もちろん命あってだが、

またまた10万円と言われてもねぇ、、、。

 ということでまだ半年たってないから

ということを理由に先延ばしさせてもらう、、、。

ここでは「血液検査」をしてもらい、薬も貰って帰る。

 「血液検査」の結果から見るに、

私のこれまでの養生は適切だったらしく

288(400あると酒を止めなさいと言われるらしい)もあった

中性脂肪(基準範囲33~149mg/dl)も

99と範囲内になり、コレステロール系も良好の結果が出た。

胸にコバンザメが張り付いているような感は

拭えないものの、良好である。

 患者はこのように養生し、結果も出しているのだが、

医師は医師で自らのデータ取りこそが大事らしく、

投与した薬剤が効いているか、異変は見られないか、

見れば健康そうな感じであるからOKかな、

いや、やはりカテーテルで観ないことにはアレだな、

といったところでしょうか。

患者の私にもある程度分かる血液検査のデータを

手掛かりに医師と意思の疎通を試みるも、

医師はマニュアルな回答を大事にするだけで、

患者自ら作った毎日の血圧グラフもさほど興味の対象には

なって無いようで、

いや、

医師であるからチラッと見ただけで

十分わかるのかもしれないが、

そこに患者との疎通はあまり感じられない、、、。

 常用して良い薬は無いと聞かされたものとしては、

毎日の薬をどうにか減らし、

自浄能力や自己治癒力に期待したいのである。

して、勝手にとはいえ、

全薬剤を1日置きに飲んだりもしたが、

さすがに素人の感覚に頼っているだけで、医師にも

「自らを人体実験しているようなものでして、

よろしくありませんねっ、云々」といわれる。

私はヤングマンの適切な表現に感嘆し、

ボギャブラリーやデリケートな言葉遣いを期待するより、

そのダイレクトな表現の方が理性的で分かりやすく、

なるほどと納得するが、

私達はどうも意思の疎通が取れないのだと実感もする。

医師の処方にしたところで人体実験に違いないはずなのだが、、、。

 ともかく減らせる薬は無いものかと再度尋ねれば、

「ランソプラゾール」は胃薬だから

問題がなければ飲まなくても良いという答え。

ではと、ここのところそれは飲まないでいる。

して、問題は起きてない。

人によっては他の薬のせいで胃がやられるので

服用するのであるが、私は大丈夫のようだ。

してみるとこの数ヶ月飲んでいたのはどうなるべ、

という疑問は解決されないが、

こうして薬から自己防衛するしかないようだ。

 医師は100人を対象に物事(患者)を考えているようで、

であるから万に一つのミスというような話をするが、

患者からして見れば、

例えば自分が100回カテーテル検査を受け、

100回目に事故が起こる、という訳では無い。

何故なら私は100人ではなく個人であるからだ。

個人である患者が100人を相手にしている医師と

気持ちがつながらないのはこれからすれば明らかではある。

いま私達はデータ化されても個人が

反映されるような世界には生きていないようだ。

私は医師がちゃんと見てくれないという話をしている訳ではない。

このように医師と私である患者が気持ちの上でズレている

ということなのだ。

「気持ち」は理性的には感知されないので、

いろいろ投与してみてどうにかなるのを

傍から見ていたいという感じである。

まさに西洋医学のお手本であるのだが、

私の体は西洋医学でも東洋医学でも無く、

この私の「気持ち」こそが私なのであるから、

この私の身体を語ってはくれまいかという気持ちなのである。

そう、私の身体を身体的に思ってくれるのは

この地球広しといえども妻くらいのもので、

恋人でも無い一患者に恋愛的身体性を求めても

「それは困ります。」というものであるのでしょう。

いや、そんな情緒的な事で「心筋梗塞」は治りませんよと

医師の答えは十分わかっていての話です。

 
           カワウソ



  

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2009年06月23日

最新の猫の人達


    縞田さん

暑くなりました。

縞田君が大股開きで、お腹を出して寝ると、

夏だな~と思います。


  クリちゃん


クリちゃんは、一人で棚の上で寝ることが、

最近のお気に入りです。

誰も邪魔しないでねという感じです。



    ミケ

ミケの気がかりは、「ケッ、ケッ、ケッ」と鳴く生き物です。

夜ごと泣き声に反応して、天井を見つめています。

時々はゲットします。

連日の張り込みのため睡眠不足ぎみのミケです。


   ジョセフィーヌ

最近、何かと話題豊富なジョセフィーヌです。

ショートカットで涼しくなったとはいえ、

暑いので、さすがにバテます。

窓辺で寝てばかりいます。


   くもちゃん

くもちゃんの最近の不満は、低血圧(?)でクラクラするからと言って、

カワウソがブラッシングを怠けることです。

だから、裏の網戸のそばで寝てばかりいます。


      こねねこ



  
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2009年06月20日

築地の魚市場?


  「どうみてもマグロだよねっ、、、」カワウソ


最近の猫の人達の流行り、

カワウソに怒られながらも

一人、二人とテーブルに集まって来て、

気が付けば四人で寝転がっている。

その有様は、築地の魚市場で、

太ったマグロが床に並んでいるよう。

カワウソが「ホントのマグロだったら、、、。」と

取らぬ狸の皮算用を始める。



  「よく見ればやはり猫の人達、、、」カワウソ



        こねねこ


  

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2009年06月18日

股間かぶり猫




この間は、縞田くんの股間だった、

今回はミケの股間に頭をくっつけている。

ジョセフィーヌさんは最近話題の人だ。




カワウソいわく「股間かぶり猫」。

もし、オナラをされたらどんな気分だろう。




それにしても、頭をくっつけられたミケは、

すごく迷惑そうだ。

    こねねこ





  
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2009年06月17日

心筋梗塞 その13


   これをダッシュボード上に提示せよと。それにしてもデカイ!



        心筋梗塞 その13

       「駐車禁止除外指定車」

  いざとなったら車を乗り捨て病院へ向かうために

 あるいは念のために用務先の近場に駐車できるよう!

         申請しました。

 役所で説明を受け「福祉のしおり」を手に

警察署の交通課へ出向く。係官の手解きで申請するも、

どうも予定とは違った、、、。「福祉のしおり」どおり

「身体障害者手帳」

  と

「住民票」

 を出し、

印鑑の準備をすれば「書類を揃えてください」という。

はぁ?、と聞けば、

以下のように申請してくださいとのこと、、、。

「住民票2通」

「車検証2通」

「身体障害者手帳2通」

「申請書2通」

をそれぞれ原本とコピーで揃えてくださいと、、、、。

 でっ、コピーを署内で使わせてもらえず雨の中

「身体障害者3級」は一方通行にもめげずコンビニへ、、、。

 コンビニでコピーを取っていたら後ろの方で

老人が何やら困っている。

尋ねればコピーの仕方が分からず私の様子を見ていたらしい。

「定額給付金」の書類のためらしい。

使える人には何でもないが、知らない人にはコピーも大変だ。

代わりにコピーしてあげると、

泣きださんばかりに喜ばれる、恐縮である。

 署へ戻り再提出するも「2週間程かかる」という、

落胆するもいた仕方ないので、

どうすれば良いかと尋ねれば

「こちらから出来しだい電話連絡します。」との事、

突っ立っててもしょうがないので帰る。

   17日目に連絡が入る。取りに行く。

 受け取るも驚いたのは、赤い字で大きく

「歩行困難者使用中」と書かれた標章である。

んー何だか使いづらいなぁ~と見れば、さらに

「この標章を受けた本人が現に使用中」と書かれ、

運転者の連絡先、用務先を別紙で

添付表示するようになっている、、、、。

ひゃっ、である。

 イザという時のために貰ってはみたものの

「標章」の裏を見れば

「次のような駐車はできません。」とあり

「駐車禁止場所の駐車。法定駐車禁止場所の駐車。」等とある。

これってほんとに役立つのかしら、、、、。

して、これを使う時、私は救急車の中か、、、。



     シリアルナンバーから察するに、

    貰っている人は少ないかもしれない。

       手続きも煩雑だし、、、、。

     思うに「身体障害者手帳」だけでも

    「標章」は出せると思うのだが、、、。



  それにしても「歩行困難者使用中」だもんなぁ~

           でっ、

ヘラヘラ笑いながら女連れで車へ戻ると警察官立っていたら、

       突然「足が、、、」と言って

     連れにもたれかからねばならないのか。  

         どうするべ。

        だから、これは

      「駐車禁止除外指定車」

    の表示だけで良いのではと思います。



   健康な方には理解しがたいかと思いますが

     今しがたまで笑って元気でも、

「急性心筋梗塞」って突然死んじゃうということなのだ。

     毎日の死亡広告欄に老若男女、

       突然に載ってます。





          カワウソ



  

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2009年06月15日

一回分


    何かな、、、。

ミスドのカップの横の物体、、、。

これこそは、ジョセフィーヌのカットした毛でこさえたフェルトボール。

ちなみに直径が約6・5センチくらいです。



   フン!

       


                こねねこ




  

Posted by ネコとウソ at 22:36Comments(0)TrackBack(0)こねねこの話

2009年06月13日

梅雨だ!お風呂だ!カットだッ!


    エレガントな私、、、、。

    
     梅雨だ!お風呂だ!カットだッ!

         ジョセフィーヌ


 梅雨だし、暑いし、毛皮ボソボソだしでッ、

ジョセフーヌをカットしました。

カットはエステ「MOMO」にお願いしましたッ!

ってカワウソですが、

ジョセフィーヌ様には、

お気に召さなかったようで、、、、。



   どうすりゃいいのさこの私、、、、。


しかし綺麗になったし

涼しくなったでしょうでいかがでしょうか、

といったところですがやはりお気に召さない、、、。

3日がかりで皆さん全員シャンプーしました。

最近誰もこれもドライヤーを嫌いまして、

やむなくタオルドライですがこれが大変で、

皆さんもう少し協力してくれよぉ~



        みんな!



 いつからシャンプー嫌いになったのだ!



     

      えすて「MOMO」






  

Posted by ネコとウソ at 22:10Comments(7)TrackBack(0)カワウソの話

2009年06月09日

海の駅


   海の駅から平安座島を望む。


         「海の駅」

        海 中 道 路

 知人が、うるま市の文化協会の美術部展に

絵画作品を出品しているというので観にいきました。

会場は「海の駅」でした。

 懐かしい感じのする展覧会で、

そういえば私もこのような時があったのを思い出しました。

 会場の展示された作品はみな力作で、

微笑ましいところもあるのですが、

真摯な状況は

私にひとつの活力の様なものをみせてくれました。

 屋外は観光客やらで大賑わいで、広場のあずま屋で、

お弁当となりました。すると、子供を先頭に、

観光客らしき若い家族連れがやって来ました。

子供たちが競ってハーリーの形をしたベンチに駈け寄りより、

登り立ちました。

すかさず母親が「椅子なんだから登っちゃダメっ!」

と注意しました。もちろん子供たちはその注意に

従いました。

さて、ワッターウチナーアンマーはどうだろうか。

先ほどからガン見していた私おじさんにあてつけがましく、

「おじさんに叱られるよぉ~」と言いはしまいか、

と危惧するのであった。

 あるいは、子供たちがそのような事をしても、

われ関せずで、そのまま子供を放置でしょうか。

それとも「アリッ」とか「ヤナッ!」とかいって

単に叱りつけるのでしょうか。

子供は意味も分からず、叱られたからやめるというだけで、

躾にならない、、、。


   丸坊主の少年たちが素潜りを楽しんでいた。



 自ら「沖縄文化」をたたえる昨今ですが、

このような日常の中で培う文化としての言語が育たないと、

どのような文化も成り立たないと思うのだがどうだろう。

さて、お弁当も済みもう一度絵画展の会場に戻れば、

すこぶる賑わっていた。



         カワウソ



  

Posted by ネコとウソ at 20:52Comments(0)TrackBack(0)カワウソの話

2009年06月07日

どうしたんですかぁ~




ジョ、ジョセフィーヌさん、

そ、そこは、、、

縞田くんの股間じゃないですかぁ~




どうしたんですかぁ~

猫の人達のおおらかさには、

時々ついていけない私です。


       こねねこ



  
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Posted by ネコとウソ at 21:30Comments(5)TrackBack(0)こねねこの話

2009年06月05日

「病院で死ぬということ」 山崎章郎




 
     「病院で死ぬということ」

        山崎 章郎

        主婦の友社


 ざっと20年ほど前に出た本なのであるが、

今日(6/4)の「沖縄タイムス」の記事

「ガン患者医師に直訴」を読むと有効のようだ、、、。

 末期ガン患者がその事実を告知されず、

家族や医師によって、その人のその後の人生が

決められてしまうという悲しい話で綴られた本であるが、

果たして主体的に生きているとはいえないかもしれない私達に、

末期ガンと告知された時に、

その事実と付き合う事の出来る意識が準備されているだろうか。

死と対峙する事がどんどん遠のいていく現代人にあっては

自信どころか、

何故自分がガンで死ななければならないのだ、

という事しか思い浮かばないかもしれない。

死なない事になっているはずだった、

あるいは出来る限り延命する、

延命出来る事が、当然と思っている私達にとって

死は、それでもやって来る。

今時は近親者の重篤にあっても

子孫に見せてはならないと病室を訪れさせないことがあると聞く。

その親たちにして見れば子孫に悲しい思いをさせたくない

という事らしいのだが果たしてそのような事が、

それではわが身になった時

「怖いからお母さんの死んで行くとこなんか見たくないと、、、」

なればどうだろうか。

愛する子孫に忌避されて死んで行っていいのだろうか、、、、。

そして告別式の時だけ、

刺激された塁線の涙だけで

良しとするのでしょうか。



  「私が死んでも時々思い出して欲しい、、、。」

      と多くの人が思っている。 



 そうなのだ、時に思い出して欲しいのだ。

思い出すにはどうすれば良いか、

そう、思い出せるべく、思い出が無いと思いだせない。

そして死に際こそ、

その人の人生の集大成なのかもしれないのだ。

してそのとき誰もいなければどうなるのだろう、、、。

 それこそいい知れない寂しさの中で

死んで行くしかないことにしか

ならないのではないだろうか。

語り合い、

おおいに愛し合う内に育まれる身体性の内に、

愛が生れるか。

愛は、かかわり合う事の内にしか育まれないとなれば、

言葉を尽くしあうことに人としての姿があるのなら、

「火中の栗拾い」も辞さないか。

いや、そんな壮絶な事をいわなくとも、

語りの内に浸透してゆくものがあるのではないか。

「ソレを言っちゃぁお終いだよ」

という言葉のうちに隠蔽されたものより、

言い放つたところからの言葉こそが、

初めての言葉(話)たり得るのではないのか。

コミュニケーションとはそのようなものであって、

手をつなぎ合うものでもない。

孤独を恐れる事も無い。

なぜなら、

あなたが私であり、私があなたなら、

私が語る事こそがあなたなのであるから、

私の語りを聞いてほしいし、

私であるあなたも語れば良い、、、、。




  「火中の栗拾いツアー募集中!」

       って、

       ヤダ!


      カワウソ




  

Posted by ネコとウソ at 22:05Comments(0)TrackBack(0)本 雑誌

2009年06月04日

「猫のあしあと」 町田康


              縞田さんとそっくり!
     
        「猫のあしあと」

          町田康

          講談社


 猫に癒されるという人がいるが、

それはどうだろうかと、いつも訝っていたが、

ここに同志が居たことが分かりソラ見たことか!

町田康様も同じ考えだぁ~といっておきたい。



 「犬や猫やその他の動物を飼うのが流行のようになっている。

動物によって癒される、という人が多い。

それは確かにそうなのかも知れないが、

彼らの命を預かるからには、

弱くて小さな生き物からなにかを得ようとする前に、

我々よりはるかに寿命が短い彼らが、

幸福で健康な生涯をまっとうするために

我々がなにをできるかをまず考えるべきであると思う。」

       (「猫のあしあと」町田康・講談社)


 ということで、猫を癒しているみなさんに、

さらに癒して頂くためにこの本を私が代わりに読みました、

ではなく途中なのであるが、

みなさんにも一緒に泣き笑いして欲しく、

また今日も家の縞田に

「世界一可哀想な猫です。

 おまけに三日三晩何も口にしていません・・・・」

     (町田さんとこもそうらしい、、、。)

というお食事から5分も経っていないのにイイ募って来る、

真に迫る演技が見たく、

こうして皆さんにもお勧めする次第です。



     ふふっ、実はもう一冊あるのです。



  こちらが先に出版です。


お疲れでしょうが続けて読まなくてはなりません、

なぜなら猫に癒されたいのですから、、、、。



   猫の本は文庫でなくとも買っちゃう。

   2004年と2007年に出てるし、

  ベストセラーにもなっているようなので、

   お読みの方も多いとは思いますが、

        梅雨時、

  風呂に入れてない猫の匂いを嗅ぎながら、

    読めば、癒されるかと、、、。    

 
         カワウソ


  

Posted by ネコとウソ at 18:46Comments(0)TrackBack(0)本 雑誌

2009年06月03日

「いのちの食べかた」





       「いのちの食べかた」

       農業は工業だ、、、。

      TSUTAYA  DVD


 ドキュメンタリー映画のようだ、、、。

付きもののナレーションが無い。音声も特にない。

あるにはあるが、せいぜい作業中に出る、

つまり道具やトラクター等の機械音、

作業員のチョツトした会話ぐらいだ、、、。

 映像は淡々としており、ぼんやり見ていると何やらわからない。

のんびりとした空間に、あるいは広大な空間に

わずかな人達が作業をしていたり、車が移動したり、

コンベアが動いてみたりといった、

アクションに乏しいものである。

時にハッとする事もあるがまた落ち着いてしまう。

私達は映画を見るときに

大きなアクションや喧騒に慣れっこになっているからか

見過ごしてしまいそうになるほど画面はあまり変化しない。

見慣れたころこれらが何であるか

突如的に理解し驚くと同時に暗欝となる。

これらの映像は皆農作業の風景なのであるが、

私達の農作業に対するイメージが相当古臭いせいか、

あるいはそのようにあるだろうという

豊かな自然を思い浮かべるからだろう。

しかし思えば私達がスーパーで見る生鮮食品は

すでにパックされており、

肉はもちろんのこと魚や野菜や卵なども

そのままパックで自然にある訳ではないのを

当然知っているはずなのに映像を見ながらショックを受ける。

私達は今更ながら生き物を食べていたのだという事と同時に

このありさまは何だと驚くのである。

 すでに農業も機械化して久しいのだが、

あまりの事にやはり驚くのである。

そうだよね、これだけ大量の食品が安く

スーパーに並んでいるのだから

こういう事になっているのを

知らなかったじゃすまないよね

ということになる。

しかしそれにしてもである。

 そして作業員も自動車組み立て工場さながらであり、

あるいは原子力発電所の作業員のいでたちでもある。

とても農業に従事しているようには見えない光景である。

 寡黙な、そして、ひがな豚の足を切り落とす作業だけを

強いられる仕事というのはどうだろう。

返り血を浴びながら機械的に豚を半分に割く作業を

淡々と一日続けるというのもどうでしょう。

 作業員のランチタイムとおぼしき映像も映し出されるが、

寒々として、気力のようなものや、仕事の充実感というものとは

まるで縁のない光景である。

何千というようなヒヨコや魚は生き物というより

モノとして処理されていく。

 コンベアから次々と出てくる鳥の姿は

そのまま人のようでもある。

生きるためといい、

私達の生き物に対峙する姿はこのようなものであったのかと

慄然とするも、

実のところ人間に対してもこのような振る舞いを

している現在があるのではないだろうか。

 大量に生産される、生き物の商品は

「価格調整」のためにそのまま破棄される事も

今では珍しくないという。

そして私達人間も「価格調整」のため捨てられてゆく、、、。



           カワウソ




  

Posted by ネコとウソ at 21:31Comments(2)TrackBack(0)映 画

2009年05月31日

「ハゴロモ」 よしもとばなな




         「ハゴロモ」

        よしもとばなな

          新潮文庫


 男のプロジェクトが

結婚記念日のプレゼント方法程でしかないかと思うと

がっくりくるかと思うも、

みんなを「幸せにしてやる!」といって何万人も殺すよりいうまでも無

く良いのだけれど、、、。



 「でも私だって、実のところ、

  もしもみんなが等しく鳩を愛するだけの世界だとしたら、

  私はそこに住んで幸せだろうか?って

  いつでも考えてしまうもの。

  別の考えに触れた時の感じは、

  やっぱりいつでも衝撃的で、

  自分の世界が広がっていく気がするから。」

        (「ハゴロモ」よしもとばなな・新潮文庫)

 と男の子が鳩を雛から飼って育て慈しんだものを、

浮浪者に食べられてしまったときに、るみちゃんが思い、言う。

そして(前後するが)、、、、



 「あのおじさんは君と見ている世界が違うから、

  自分の世界を大切にして、なんど壊れても作り直してね、

  って言うしかできなかった。」

     (「ハゴロモ」よしもとばなな・新潮文庫)



   「そよ風さん」で、あるいはラブ&ピースで

       いようとする私達に

   自ら選択し関わっていく事の人生を突き付ける。



           さらに



 「川が私をぼんやりさせるように思うんだけれど。

  この町に帰ってくると、私は川に包まれ、川音に飲み込まれ、

  この町の人全員と同じように、なんとなく頭がぼうっとして、

  守られているような、光に包まれているような気がして、

  考えた方がいいことがどんどん流されていって、

  ひとつの大きな夢の中にいるような気がしてしまうの。

  それがこわいの。」(「ハゴロモ」よしもとばなな・新潮文庫)

          の問いに、、、、

 「それはわかるけど・・・・代わりに東京には東京の、

  世界中どこの場所でも同じような、独特の夢があり、

  包み込む幻想があるのよ。

  みんな、自分は外側にいると思っているけれど、

  土地の見ている夢からは、決して逃れることはできない。

  自分の生き方を毎日続けていくと、

  ある日その仕組みが分かって、例えばここで言うと、

  川はますます大きな力に思えてくる。」

      (「ハゴロモ」よしもとばなな・新潮文庫)

        と、るみちゃんは答え。



 「、、、、それが何を意味するかは、

  それぞれの道だと私は感じた。  

  私も私の内面を掘り下げいくことだろう、

  どこにいても。

  そして幻の外に一歩を踏み出せるかもしれないし、

  それはまた別の幻に移行するだけなのかもしれない。

  一生続く、勝ち目のなさそうな戦いだ。、、、、」

    (「ハゴロモ」よしもとばなな・新潮文庫)

         と綴られる、、、。



  実体(「脳と仮想」茂木健一郎・新潮文庫)に迫れない私達

    であるから、その荒野に立つしかないわけだが、

    その荒野に他にも誰か居る事を願い生きていく内に

          人生があるのならば、



 「たとえどんな死に方をしても、

  どんなつまらないことの巻き添えになって

  死んでしまったのだとしても、

  そのお父さんの魂が汚れることは決してない。

  つまらない意図で、

  つまらない人生に行き詰ってはた迷惑な生き方や

  死に方をした甘えた人が決して、

  絶対に遺せないずっしりしたものが確かにあるし、

  それは、形を変えて絶対に続いていくはず。

  前にみつるくんが言ってたような、

  因縁とかおばあちゃんの偉大な足跡のあおりみたいなものも、

  確かにあるかもしれない。

  でも、その遺していく力の重みこそが、

  きっと人間が唯一このどうしようもなくたまらない世界の中に

  置いていける何かなのよ。」

    (「ハゴロモ」よしもとばなな・新潮文庫)

    ということを支えに十分意味を見いだし

      生きていく事が出来そうだと、

        急に死が身近になった

      「心筋梗塞上がり」は思った。



       
           カワウソ



   

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2009年05月28日

クリちゃん


 

 久しぶりにクリちゃんを撮ったら、

 手前に洗濯ばさみが写っている。

 なので撮り直してみると、、、





 今度は、クリちゃんのご機嫌がナナメ、、、。


         こねねこ






  
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Posted by ネコとウソ at 22:08Comments(2)TrackBack(0)こねねこの話